ヨーロッパでは魔女の薬とされた媚薬

MENU
ヨーロッパでは魔女の薬とされた媚薬

現代では、様々な科学的根拠に基づいて作られている媚薬。しかし、まだ技術が発達していないころは、そうではありませんでした。古代ヨーロッパにおいて媚薬は「魔女の薬」とされ、今では信じられないようなものが入っていたのです。そのため、どちらかというと神秘的なものとされ、一般の人々からは恐れられるような存在でした。その恐怖が、中世ヨーロッパの魔女狩りの引き金になったのです。今回は、ヨーロッパの媚薬の歴史をご紹介します!

ヨーロッパでは魔女の薬とされた媚薬

〇ヨーロッパでの媚薬の歴史

媚薬の英語表記は「ahprodisiac」、これはギリシャ神話の、快楽や出生をつかさどる女神、アフロディーテに由来しています。
かつてヨーロッパでは、ワインや水、ハーブなどの原料を混ぜ合わせ、それに魔法をかけることで媚薬を作ることができるとされていました。つまり、媚薬を作ることができるのは「魔女」だけだったのです。しかし、12世紀に入りそれらの使用が法律的に禁止されました。魔女狩りが行われたのも、この頃のことです。しかし、様々な厳しい処罰があったにもかかわらず、それらを作ろうとする人たちは後を絶ちませんでした。そして、16世紀には、「グリーモア」と呼ばれる、媚薬の製造法などをまとめた書物が多く作られるほど大流行したのです。人々は、作った媚薬をこっそり意中の人の食べ物や飲み物に混ぜ、使用していたそうです。

ヨーロッパでは魔女の薬とされた媚薬

〇驚きの媚薬レシピ

では、どのようなものが媚薬として使われていたのでしょうか。ヨーロッパでよく使われた媚薬には、雀の肝臓、ウサギの心臓、さらには魔術師の血液を用いたものまで存在していたようです。想像するだけでも身の毛がよだちますね。
さらに、グリーモアには、「最強の媚薬」として記載されているものがあります。その内容は、恐ろしいものです。なんと、セックスを見せながら殺した少年の、脾臓と骨髄を使用するというレシピが記載されているのです。ここまでくると、かなり常軌を逸していますね。果たして本当に効果はあったのでしょうか…。

Top